伊藤光湖公式サイト  Mitsuko Ito Official Website

最終更新日 Last updated : 30/8/2013

■ 伊藤光湖 「 2013年東北ツアー 」 に関するレポート /
Report about Mitsuko Ito's "Tohoku Tour 2013" ■

( English text is here. )


2011年3月の大震災の時、私はフランスのパリ市におり、朝のラジオニュースで飛び起きました。それ以来フランスで義援金のためのチャリティーコンサートを行いながら、夏の日本での演奏シーズンを利用して東北に直接演奏の出前をお届け出来ないかと考えておりました。

知り合いの益田英子様 ( 旅行会社代表 ) のお取り計らいのお蔭でそれ以来3年間、毎年8月に被災地の皆様に生の演奏をお届けするという活動を続けてこられましたことを感謝致しております。今年は特に「 札幌カリタス 」 をはじめたくさんの皆様にお世話になり、今回の演奏旅行が実現致しました。皆様に心より深くお礼申し上げます。


第1日目 - 8月4日 ( 日 )

今回は、益田さんご夫婦の車で夕方札幌を出発し、夜23:59に八戸に向けて車ごとフェリーにて北海道苫小牧を出発致しました。偶然にも現地でご案内下さることになっていた方と、もう一人ボランティアの方と同じフェリーに乗り合わせることになりました。

実はこの日の12:28頃宮城県沖でマグニチュード6.0、最大震度5強の地震が発生し、果たして船が出るのか定かでないなか、その後目立った余震もなくフェリーは無事に出港致しました。

この度の演奏会6回は 「 札幌カリタス 」 主催で、会場は札幌カリタスが 「 移動カフェ 」 の活動を行っている仮設集会所4か所と、益田さんの個人的な伝手による2か所で演奏させていただきました。


今年も3日間連続1日2回公演ということで、昨年同様の体力勝負となりました。

第2日目 - 8月5日 ( 月 )

フェリーは朝7:30、青森県八戸に到着致しました。たまたま同じ船に乗り合わせたボランティアの方もご一緒に、益田ご夫妻とボランティアのお二人と私の5名で、まずは第1回目の演奏会場である岩手県宮古市 「 河南仮設集会所 」 へと向かいました。

途中で私以外の皆様がある朝食レストランで食事をされている間、外でウォーミングアップをしていると、通行人の方から 「 掃除の人、それとも客? 」 と質問され、「 客の友達 」 と答えました。 「 運動は体にいいね 」 と言って去って行かれましたが、恐らく中国人が朝の太極拳か何かをしていたものと思われたのだと思います。

その後、演奏会場では事前に音が出せないということで、まずはカトリック宮古教会で少し練習させていただくことになり、そちらに向かいました。ところがフェリーから車が出るのに30分以上かかったこと等から実際に音が出せたのは15分未満で、慌ただしく河南仮設集会所へと向かいました。

開演30分前に会場に到着、着替えて間もなく13:00から演奏会です。今回も約1時間のプログラムで、フェリーと車で半日揺られて筋肉が固まった状態かつ練習時間無しの本番はかなり挑戦的でしたが、誠意が伝わるような演奏を目指して音楽をお届けさせていただきました。

伊藤光湖 Mitsuko Ito

伊藤光湖 Mitsuko Ito

演奏終了後、お集まり下さった河南仮設住宅の皆様と30分程の茶話会があり、その後次の演奏会場へ向かいました。 河南仮設住宅からさほど遠くないところにある岩手県宮古市 「 荷竹仮設集会所 」 です。

 

この日の第2回目の演奏は15:30開演でした。到着と同時に 「 メンデルスゾーン! 」「 モーツァルト! 」「 ブラームス! 」 という声が追いかけてきて、ふと見ると真赤なお顔の男性でした。音楽が大好きだそうで、中学校の音楽の教科書片手にプログラムの予習をしていらしたとのことでした。演奏会後に教科書を見せて下さった時は、蛍光ペンでびっしりピンク色だったので、なんて勉強熱心な方だろうと感心致しました。

そんなお茶目な方の合いの手で、楽しく演奏会が始まったのは良かったのですが、演奏中、とんでもないことに気が付きました。なんと食事を取っていなかったのです。第1回目の演奏の3時間前ということで午前10時に車の中で札幌から持参した食パンをかじっただけで、第2回目の演奏会の前に食事をする時間や食料がなかったという事よりも、完全に食事という事自体を忘れておりました。

当然最後はガソリン切れ状態で、気合のみで最後まで演奏といういつものパターンに輪をかけたようなかたちとなり、申し訳なく思います。

演奏終了後、やはり茶話会があったのですが、先程の 「 メンデルスゾーン! 」 の男性が外のパラソルのところに座ってらして、わざわざ取りに行かれたワイシャツやその日に購入された携帯電話にサインしてほしいということでご要望にお応えしたり、集会所に戻って輪になった皆様と少しお話ししたり致しました。

手作りの手芸品をプレゼントして下さり、どうもありがとうございました。いただいたフェルトのカエルは大切にヴァイオリンケースに付けてあります。

その後ボランティアの皆様と一緒に夕食を取り、宿泊場に移動しました。今回はカトリック札幌教区サポートセンターが新しく購入したボランティアの宿泊場である岩手県宮古市の一軒家に滞在させていただくことになりました。

第3日目 - 8月6日 ( 火 )

この日第1回目の演奏会は岩手県宮古市の 「 赤前仮設集会所 」 で行われました。その前に、カリタスのボランティアの日課として朝まず教会に集まりお祈りがあるということで、カトリック宮古教会へ行きました。

この日の朝、札幌教区サポートセンターから上杉神父様がお見えになり、カフェに合流されました。

教会から一度宮古のボランティア活動を取り仕切る社会福祉協議会に立ち寄り、その後赤前仮設集会所へと向かいました。この日の宮古は快晴で涼しく、爽やかな朝でした。

   
伊藤光湖 Mitsuko Ito

演奏は10:30からで、この朝だけはエアコンが無くても会場に涼しい風が入ってきて快適でした。確かこの日の宮古の最高気温は27度だったような気がします。

演奏後はやはり30分程茶話会があり、その後上杉神父様が準備して下さったそうめんをいただきました。こちらの会場にはクラシック音楽が大好きな女性がいらして、以前は400枚ほどクラシック音楽のCDをお持ちだったのを津波で流されてしまったとのことでした。 「 生で聴けるとは思わなかった 」 と喜んでいただけたようでした。

午後の演奏会場が釜石だったので、もう少し長くお話ししたかったものの、そうめんを一口いただいたところで次の会場へ向けて出発致しました。

釜石には2011年に 「 山のカフェ 」 で大変お世話になった郷土料理研究会の 「 名シェフお母さん 」 の皆様がいらっしゃいます。( 東北ツアー2011のレポートはこちらです ) 昨年はどんぐり広場での演奏後、釜石はまなす商店街のお食事処 「 松の根亭 」 から取り寄せたお弁当をいただき( 東北ツアー2012のレポートはこちらです )その後はまなす商店街に立ち寄って 「 松の根亭 」 にご挨拶に伺いました。今年の東北第4回目の演奏は、こちらのお食事処が会場でした。

現在はお店の名前が変わり 「 ごはんや かあちゃん 」 となっております。はまなす商店街は釜石市鵜住居町にある仮設店舗です。

伊藤光湖 Mitsuko Ito

この日の釜石はあいにくの雨で、車で移動中 「 豪雨警報 」 の電光掲示板がところどころに光っておりました。その通りかなりのどっしゃ降りで、その為必然的にお店の中も極めて湿度が高い状態となりました。移動中の車の中で軽く昼食を取って、午後の演奏に備えました。

非常に驚いたのは、宮古と釜石は約40キロほどしか離れていないにも関わらず、その日の釜石は驚くほど気温が高かったことです。その結果、予想以上の高温多湿状態のなか、演奏中に思考回路が働かなくなりお辞儀と同時にぐらっと来たことで自分が熱中症になっていることに気が付きました。体温が外に出ていかないままどんどん上がって行くのが特徴で、気が付いたら顔が真っ赤でした。

伊藤光湖 Mitsuko Ito

演奏会の途中でお客様には失礼致しましたが急遽氷で頭や首を冷やしながら最後まで演奏を続け、なんとか無事(?)に演奏会を終えることが出来ました。ひと時非常に温度が上がった後は外の風が入ってきて快適でした。

演奏後、凄腕の 「 お母さんシェフ 」 の皆様が、本当に美味しいお食事でおもてなし下さいました。ちょっと食べかけの写真で恐縮ですが、ひとつひとつのお料理が絶品で ( これは才能だと思います ) 、心より感謝して残さずいただきました。

その時伺った話によりますと、視界が極度に狭い私には全く気が付かなかったのですが、演奏中、どうもライトのすぐそばで演奏していたのだそうです。確かに後ほど写真を見ますと頭に天使の輪を光らせながらのライト直下での演奏 ( 本当に全く気が付きませんでした ) で、これでは熱中症になって当たり前だと失笑致しました。

お店の皆様からいろいろなお話しも伺うことが出来ましたことも感謝です。「 ごはんや かあちゃん 」 の皆様、いつも真心のこもった温かいおもてなしをいただき、どうもありがとうございます。

その後、夕食会が宮古教会であることになっていた為、約1時間で宮古に到着致しました。私は隣の部屋で休ませていただいている間、札幌からいらした神父様お二人とボランティアの皆様とで楽しいひとときを過ごされたようです。私は宿泊場に戻るまでの1時間程、聖堂で練習させていただきました。お仕事で午前・午後の演奏会に行きたくても行けなかったという音楽の先生が、練習の見学にいらっしゃいました。

第4日目 - 8月7日 ( 水 )

この日も前日と同様、まず教会に集まって出発のお祈りがあり、その後社会福祉協議会に立ち寄った後、この日の第1回目の演奏会場である岩手県宮古市鍬ケ崎の 「 ODENSE2 」 という仮設集会所へと向いました。

この日は大変気温が高く、よく晴れた日でした。朝10:30からの演奏です。この会場内は気温が非常に高くなると伺い、前日の熱中症のこともあり覚悟して中に入りました。

中には大きな箱型のエアコンがあり、会場のつくりをよくご存じのお客様はすかさずエアコンの風が当たる位置に椅子を移動されて快適な空間を確保しておられました。それ以外の方はかなり強い日差しの下で、室内温度計が37度まで上がるのを時々確認しながら演奏をお聴き下さることとなりました。

伊藤光湖 Mitsuko Ito

会場内には復興への応援メッセージが貼ってあり、演奏中からこちらにお集まり下さったお客様が大変明るく反応が良いことに気が付きました。

お客様がお若いのだろう、と思ったのですが、後で茶話会の時にある方はお孫さんが15人、ひ孫さんが9人とおっしゃるので、明るさと反応の良さは年齢のせいではないらしいことが判明致しました。

「 皆様明るいですね! 」 と言うと、 「 明るい人だけがここに来るんです 」 とのことでした。確かにお一人で仮設住宅にこもっておられる方にとっては、演奏会のような人が集まるところに出てこられるのが難しいようでした。結果としてどの仮設集会所でも、圧倒的に女性が多いのが目立ちました。

もうひとつすっかり感心したのは、こちらにお集まり下さった皆様は 「 コーラスで歌っている仲間だ 」 とおっしゃったことでした。これで明るさと反応の良さ、心より演奏をお楽しみいただいている感じが伝わってきた理由がわかり、すっかり納得致しました。

皆様との楽しいお話しで危なく忘れて帰りそうになったところで 「 CDないんですか? 」 のご質問をいただき、助かりました。どちらの演奏会場でも同じように、演奏後にその場でサインを入れたCDをプレゼントしたのですが、こちらにお集まり下さった皆様は大喜びで写真を撮りたいとのことで、そのCDを持ってかなりたくさんの写真撮影会となりました。

交流の後、今回の東北最後の演奏会場である岩手県田野畑村 「 ハックの家 」 に向かいました。この時も前日と同様に移動中の車の中で軽く昼食を取って、午後の演奏に備えました。

「 ハックの家 」 は障害をお持ちの方たちが花咲き織りや陶芸作品の製作、水産加工作業の受託、パン工房整備による食パンの製造販売などに取り組んでおられるところで、到着後はまず、そちらで製造しているパンをいただくことが出来るコーヒーショップ 「 Huck le Cafe
( ハックルカフェ )」 で涼をとりました。飲み物を運んで下った青年も、ハックの家でお仕事をしておられる方です。

伊藤光湖 Mitsuko Ito 伊藤光湖 Mitsuko Ito

こちらの 「 花咲き織り 」 は有名です。裂き織りとは江戸時代から東北地方で織られていたリサイクルの織物だそうで、ハックの家では「 花咲き織り 」と呼び、絹の古布を細く裂き、一部草木染めをして、よこ糸に使用しているそうです。演奏させていただいたところにはたくさんの機織り機があり、私たちが到着した時は一生懸命機織りのお仕事をしておられる最中でした。

演奏後、言葉をお話しにならない女性が身振り手振りで激しく感激を伝えて下さったり、また先ほどカフェで飲み物を運んで下さった青年が事務室で楽器をケースにしまっているところまでわざわざ来て下さり、「大感激。ありがとうございました。」と手を握って何度も深々とお辞儀しながら繰り返しおっしゃる姿にこちらの方が感動致しました。

着替えた後、皆様がお帰りになる前に私にプレゼントがあるとのことで、ある若い女性から花咲き織りの大変素敵なポーチ型バックをいただきました。その方は、よくあることですが、着替えた私を先程目の前で演奏していた演奏者と同一人物であることが見分けられず、私を通り過ぎてヴァイオリニストを探しに行かれました。

フェリー出港まで十分時間があるということで、少し休んでいくことになりました。そこへちょうど、ほんの数日前に新しく田野畑村の村長になられた石原弘様がお見えになり、しばらくこれからの田野畑村についてなどのお話しを伺いました。 ハックの家の責任者の方も新村長さんも大変前向きな希望に燃えてらして、頼もしく思いました。

その後、フェリー出港の八戸に向かう途中で郷土料理店で夕食を取り、かなり道に迷いながらも22:00には苫小牧に向けて出港しました。この日は驚くほどフェリーが混んでおり、いつも利用しているカプセルベットが取れず、隣の人との隙間が約10cmあるかないかというオープンなお部屋にぎゅうぎゅう詰めになりながらの一夜を過ごしました。

第5日目 - 8月8日 ( 木 )

早朝6:00に苫小牧港に到着し、その後無事に札幌に到着致しました。
このツアーでお世話になりました全ての皆様、本当にどうもありがとうございました。



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