■ 最高の掘り出し物(2021年10月16日) ■


時の経つのは本当に、なんと早いことでしょう! 毎日分刻みにプログラムをこなしながら精一杯生きておりますと、あまりにもあっという間に一日が過ぎて参ります。それでも(喉以外は)完全回復して申し分ない健康状態でこうして本日も元気に練習していられるのはひとえに応援して下さる皆様のお蔭でございます。改めて心より感謝申し上げます。

2017年6月30日に我が家に起こったマッサージチェア自動発火による火災で、それまで使用していたヴァイオリンや弓などほぼ全てが消失してから1年3か月後 に、私は新しく人生を共にする楽器に出会うことが出来ました。(画像は後ろ姿)
violon
私の目にとても美しく見えたその楽器は1800年頃にフランス人の手によってパリで生まれたもので、一般的によく見るかたちと比べると、ウエストがキュッと引き締まった細身の身体と大きな目 (すなわちf字孔)が特徴です。

長い間誰にも弾かれずに眠っていたその楽器は、可能性は感じたものの当初はさほど良い音を出してはくれませんでした。それはもちろん私の腕が楽器の良さを引き出すことが出来なかったからでもあるのですが、楽器自体にも様々な深い過去があったようなのです。

「なぜこんなにも安値で売られているのだろう?」と不思議には思ったものの、よく見ても胴体部分がかなりねじれているのと、弦と指板の距離が離れすぎていた以外には何の問題も無いように見えたその楽器を、私は喜んで購入致しました。本日からちょうど3年前、2018年10月16日のことです。

実は入手してしばらく経つまで全く気が付かなかったのですが、その楽器が極めて格安で売られていたのにはもちろん理由があったわけです。そのお店のライトでは見えなかった「傷」が、ある晴れた日に自宅の窓から差し込んだ日光の反射で浮かび上がって初めて目に入った時には、どちらかと言うとその驚異的な修復技術に心の底から驚きました。すなわち、表板に最低7つもの「巨大な割れ」があったものを、極めて優れた高度な技術を持ってほぼ完璧に修復し、相当良く見ても全くわからない程の状態になっていた、ということなのです。

高価な骨とう品の壺や皿が、一度割れると「価値」(価格)が大幅に下がるのと同じで、ヴァイオリンもこれだけ派手に割れたものはいくら完全に修復しても流石に値段が下がるのです。しかし、何より大切な肝心の『音』は、この完璧な修復によって全く問題なく生きており、私は自分と似たような過去を持つこの楽器 (私も火災で大きなダメージを受けながらもまだ生きているという「同類」ですので)に、むしろ親近感を抱きました。

元々、選んだ当初は「トランペットのように強くて大きな鋭い音の出る楽器」ではなく、自分で弾いていて癒やされる、優しく温かい音色で包み込んでくれるような楽器を求めて現在のヴァイオリンに決めたので、私の求める音さえ出してくれれば何も不満はありませんでした。

購入後、2度の大規模な調整という「大手術」を経て3年間弾き込んだ結果、「木」が理想的に振動して非常に良く鳴るようになり(特に今年の9月あたりから大変良く響くようになりました)、まるで長い眠りから覚めたようにクリアーな、私にとって大変満足な音を出してくれるようになりました。

正直なところ、火災前の楽器の音はもう覚えておりませんが(もし覚えていたとしても「比べる」ことはしません)、以前の楽器の繊細で上品な美しさに、健康的な明るく澄んだ輝かしい高音と魅力的な深く力強い低音を掛け合わせたような、オールド・フレンチならではの温かく柔らかい音を持つ現在の楽器に出会えて本当によかったと思っております。

全てに感謝です。


伊藤光湖


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