■ 年末のご挨拶と現状報告( 2017年12月29日 ) ■


皆様年末にてお忙しくお過ごしのことと存じます。今年は実にいろいろな事が あり、皆様には大変なご迷惑・ご心配をおかけしましたことを、改めて心より 深くお詫び申し上げます。両親が生前お世話になりました皆様、どうもありがとうございました。そして、皆様の温かいご支援・ご協力のお蔭で私も なんとかここまで来ることが出来ましたことに、深く感謝申し上げます。

先日ある方とお話しして、恐らく皆様も同じように疑問に思っておられるで あろうと思われることにつきまして、年末のご挨拶も兼ねてご報告することに 致しました。

これはしばしば非常にびっくりされることですが、実は私は高校を 卒業した時からずっと、基本的に「テレビの無い生活」を送っております。 京都でも、ロンドンでも、そしてパリでも、テレビを持ったことがありません。 以前はよくパリのアパートメントに入っていたテレビ回線会社から宣伝の 電話が来ておりましたが、「うちにはテレビもコンピューターもない」 (注:2008年まで私はコンピューターも持っておりませんでした)と言うと 非常にびっくりされ、ある時は「え!どうやって生きてるんですか?」と聞かれたこともありました。その時堂々と「うちには冷蔵庫があるので十分です」と 答えると、それ以上電話が来なくなりました。

札幌の実家には両親がリビングにテレビを置いておりましたが、現在引っ越したところにはやはりテレビも電子レンジもありません。(電子レンジはあった方が便利だとは思います。)日本では携帯電話も持っておらず、運転免許がない(=運転出来ない)ので車もなく、そしてヴァイオリンを練習出来る環境もなくなったため演奏用の楽器を持つことにも踏み切れず(ヴァイオリンだけでなく演奏会用ドレスも靴もヘアクリップも、そして日本にあった楽譜も全て焼けて無くなりました)、そのような状況で「伊藤光湖はいったい何をしているのか?」と不思議に思われている方もおられることと存じます。(現在まだフランスには戻れておらず、日本におります。)

単純に、新しく引っ越した先が7年間「物置」だったところ、ということで、この数ヶ月間、ひたすら掃除に明け暮れております。これはある方の特別なご厚意によって、物置として使っていたところの物を移動して、その部屋を私に貸して下さることになったからです。(マンションです。)

「家」というものは人が住んでいないと非常に荒れ果てるものでして、例えばキッチンなどにこびりついて数ミリにも積もった汚れを7年間放置すると、何日かけて掃除してもなかなか綺麗にはならないものでございます。かつ建物自体が築26年ということもあり、様々なものの劣化が激しく、例えばひたすら水漏れするシャワーを本体から交換したり、ほぼ壊れたガスのボイラーを交換して安全に入浴が出来るようにしたり、といった作業にも、大変な時間がかかるものでございます。

(火災で入院して以来、心臓に負担がかかるからという理由もありましたが、4ヶ月半に亘って湯船には入浴出来ずに毎日シャワーのみの生活でした。11月末にガスのボイラーを交換、かつ浴槽を直していただいて初めて湯船に浸かる入浴が可能になり、その日以来毎日「治療」も兼ねて入浴出来ることを感謝致しております。)

そんなわけでこちらに引っ越してからはコンロだけで6時間、グリルだけで18時間(3日がかり)、換気扇フィルターだけで8時間、そしてトイレに9時間etc.、みたいな「清掃生活」を満喫致しておりました。コンロ・グリルにこびりついた油汚れはナイフで削り取りながら、フィルターにこびりついた粘着テープはハンドクリームを使って、フィルターの凄まじい油汚れには重曹などを使って、といった具合に、いろいろとテクニックがあるのでございます。これも私にとってはリハビリの一つと思って精一杯行いました。これからフローリングの修理等も行わなければなりませんが、人間らしい生活が出来るようになるために、ゆっくりと努力致しております。

cleaning1 cleaning2
BeforeAfter

写真 Before:玄関入り口を、一部しみを取るために掃除した場面。(結局輪型のしみは取れませんでした。)写真左上の一角を掃除したのは10月でした。
After:12月末、全タイル清掃後。恐ろしい程色が変わりました・・「一事が万事」吐き気と闘いながら、この調子であらゆる場所を掃除 致しております。


□「なぜヴァイオリンを返したのか」というご質問に関しましては、それはたまたま楽器をお貸し下さった方のお考えが「”何かありましたら”いつでも」お貸し下さる、というものであり、私の普段の練習にということではなく「何かある時」すなわち演奏の機会がある場合いつでもお貸しします、というご親切をいただいたということがわかったから、でございます。従って「両親合同メモリアル」が終わったので、楽器を修理させていただきお返し致しました。

「光湖さんがする必要はなかったんですよね?」という「楽器の修理」をしてから持ち主様にお返しした 理由は、傷だらけで血を流している人を見た時に治療をしてあげるのが当たり前なように、悪い状態でお借りしたものをそのままお返しするのに堪えなかった から、楽器がかわいそうだったから、ただそれだけでございます。(「メモリアル前は時間がなかったので音調整と弦の張り替えのみ、終了後に残りを修理させていただく」ということは、事前に持ち主様の了承を得て行ったことでございます。)

私は性格的に失った物をいつまでも嘆くキャラではございませんが、それでも 実家解体(土台から上)がひとまず落ち着いた現在、正直改めて「失ったものの大きさ」に圧倒されております。火災まではいつでも自由に練習が出来る12畳(19.87u)の防音の部屋、ヴァイオリン2台とピアノ、演奏会用ドレスや靴、そして長年かけて指使いや弓使い等を書き込んだ楽譜がありました。ラジオ放送用に作成した特別なCD(BGM用音源など)も多数ございました。しかし将来の録音用に管理 していたCD売上金などと共に、それらは全て、焼けて無くなってしまいました。

当初「練習出来る」と聞いて入ったマンションでしたが、挨拶回りしてみると 実情は全く異なり、「簡単に」出来ると言われた防音措置も数百万円かかること(全焼した私の部屋の1/4である「3畳の防音ボックス」を入れる場合でも搬送・組み立て・税などを含めると約200万円!)など、いろいろと圧倒されております。練習出来る環境がない以上楽器を持ってもどうにもならないことは明らかなのですが、体調的にもまだその先を考えられる状態ではない、というのが現状です。入院当時は「吐き気」というのは点滴の副作用なのかと思っておりましたが、どうやら一酸化炭素中毒の後遺症でもあるようで、どうもまだ うまく慣れることが出来ておりません。

といいつつも一向に終わらない手続きの合間に、出来るだけリハビリは行うように心掛けております。(年末年始は「缶の酸素」吸入です。やらないよりはましかと。) 伊藤光湖 Mitsuko Ito 体力がなく、ちょっと運動しただけでも息切れして心拍数が 150近くなるという情けない状態ですが、少しずつでも「動ける身体」を目指して日々努力を重ねて参りたいと思っております。

それでは2018年が皆様にとって素晴らしい年となりますように!


伊藤光湖


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